便利屋日記
2002年2月
いろいろ成功談・失敗談・苦労話などに季節の風物も折りまぜて、記帳していきます。よくある、あまり専門的でない、パソコンユーザーが遭遇するトラブルの解消法やお役立ち情報になっていれば幸いです。
人のフリみてわがフリ直せでっせ(^^;)。

  (朝の甲州街道)
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2002/2/28(木)
2月はMOと書院FDの修復が多かった。HDの修復問合せも5件くらいあった。以前はOASYSのFDが大半だったから、大分様変わりしたものだ。この内、HDはNT,UNIX,Macなどの緊急のものばかりで、技能・設備・ソフトのどれも当社では足りず、1件も対応できなかった。
この方面の勉強とツールの充実が今後の課題だ。
2002/2/26(火)曇りのち晴、外はまだ寒い
不良ディスクばかり相手にしていると、フリーズ・リセットは当たり前だし、フロッピーが外せなくなったり、メディアの汚れがヘッドに転移して、自分のFDも読めなくなったりで、機械にも、データにも、精神衛生にも悪影響を及ぼす。今日もFDがイジェクト出来なくなったので、シャッタがガバガバしていたせいかな?ヘッドにあたっていたらどうしよう、と焦って装置を分解したら、2枚貼り重ねたラベルの端がめくれて出口で引っ掛かっていたのだった。たかがラベル1枚ですから、まじめに貼りましょうね!あ、これは自分で貼ったのだった(^^;)。
患者はうっかりビジネス書院で全文書削除してしまったので復活したいというもの。作業手順を別紙に紹介しました。

2002/2/24(日)晴
今日は便利屋は休み。犬を洗ったり、お友達のHPに書込みしたり、写真転送用クリップボードを作ったり、詩や川柳のページを読み耽ったりしてすごした。「私を溺れさせてください・・・・」なんてのもあってドキドキしてしまう。インターネットは楽しいなあ。


2002/2/23(土)晴
【OCN FLETS ADSL +SuperOPT50の設定】
丁度これをこれからやる人のために。OCNのパンフは余りに簡単すぎ、ルータのマニュアルは余りに詳しすぎるので、必要なことだけメモしておきます。
[ご注意]SuperOPT50はIP8には対応していません。もう一台メールサーバを立ち上げようとしたら、これが判明しました。
(IP8ではグローバルの固定IPアドレスを8個もらえる。1番目はネットワーウアドレス、8番目はブロードキャストアドレスに予約されているので,、残り6個にルータやインターネットサーバを割り当てる。)グローバルアドレス1個でも、LAN内の一般ホストはルータのNAT機能でローカルアドレスをグローバルアドレスに変換するので、ふつうには何台でも接続できる。
OCNのADSLモデムにはルータ機能がないので、グローバルアドレスを有効に利用するためにはブロードバンドルータを自前で用意しなければならない。OCNサイトのQAではアライドテレシスのAR320(愛三価格\37,750)を例として説明しているが、これはLAN側のポートが1つで、更にHUBを買い足さねばならない場合がある。もう1つの難点は設定するのにRS232でパソコンと繋がなければならず、私のノートPCにはRS232インターフェイスがないから敬遠。今回のユーザはOCNエコノミーからFlets ADSL への移行で、今まで富士通のダイアルアップルータNetVehcleを使用しており、LAN側のポートが4つあり、複数のサーバが直接接続されていた。10BASE-Tで経由出来るHUBの数は4台、100BASE-TXでは2台までとなっているから、HUBの増設はなるべくなら避けたい。という状況、最近出てきたLAN側4ポートの製品から選んで、マイクロ総合研究所のNetGenesis SuperOPT50(ヨドバシ価格\26,800、実行スループット最大80Mbps!)を購入。
先ず、ADSLモデムまでの工事が完了しているかのテスト。ノートPC(WindowsXP)をルータなしでADSLモデムに接続、ネットワーク接続ウイザードで広帯域を選択。ユーザー名、パスワード、DNS(東日本の場合:優先211.129.14.134,代替211.129.12.43)を入れて、インターネットに接続するのを確認。(WindowsME以前のPCではOCNから来るCDでPPPoEのインストールが必要。)いよいよSuperOPTをかませての設定に入る。SuperOPTも予想通りLAN側のIPアドレスは192.168.0.1にプリセットされているので、パソコンの方のIPアドレスとDNSを自動取得にする。(WindowsME以前ではPPPoEのアンインストールをすること)
次にSuperOPT添付のソフト「NWG設定サーバ」をインストールして、ブラウザからhttp://127.0.0.1/を呼び出すとSuperOPTの設定画面があらわれる。
やることは1つだけ。WANポートの設定。これは「フレッツ・ADSL接続 簡単設定」で、ユーザー名、パスワード、DNSを記入するのみ。(なんと素晴らしい!)ただし、我がユーザは1台のホストがWinGateサーバで一般ユーザを管理し、SuperOPTにはサーバ類のみ接続しているから、LANポートの設定も必要。ここにOCNから届いているIPアドレスのを記入する。ネットワークアドレスの次の番号。これがゲートウェイ(ルータアドレス)。以上でSuperOPTの設定は終わり。
あとはWingateサーバのWAN側IPアドレスを残りの5つから1つ選んで設定、DNS、ゲートウェイのアドレスを変更して、全て終わり。見事どの端末もインターネットにつながりました。
今回の作業での勉強ポイントは、PPPoE接続する装置(SuperOPTや直接ADSLに繋いだPC)のWAN側にはOCN側からいつも同じアドレスが割り振られるようになっているので空欄・自動にしておけば良いということ。


2002/2/22(金)晴
【MOドライブとWindows VersionのTip】
Windows98に接続したMOドライブにブートデータが破損したMOをかけると、アクセスランプが点灯しっ放しになって、マウスポインタが粘ついてきて、そのうちハングしてしまうことがある。だから当然Final Data やNoton Disk Doctorも動けない。同じドライブ装置をWindows95で試すと、こちらは入っているメディアをあまり深くは追求しないらしく、通常の動作でスタンバイできる。どうも Windows98の方は余分な知恵をつけられて、自力で異常事態を解決しようとかえって深みにはまって動きがとれなくなってしまうようです。従ってファイル復元にはWindows95の方が向いている。これはどこにも書いてない、いわゆるTipですね。

2002/2/21(木)快晴
【EthernetとLocal Talk】
Macintosh版のページメーカーやイラストレータは1つのネットワーク上で複数台が同じライセンス番号のものを立ち上げると、後からの方にアラームが出て、使えないようにできていますね。ところが、昨日見たユーザーのところは、EthernetとLocal Talkで2重にネットワークが張ってあり、どちらもプリンタに接続していて、かつページメーカも立ち上がるようになっていました。ネットワークが違うのでMac同士の認識ができないわけです。したがって、Mac同士の連絡の時はどちらかのネットワークに入りなおす必要がありますし、3台目はもうできませんから、大した工夫でもないみたいですが、どうでしょうか?やはり、使用条件違反ですよね(^^;)。

2002/2/11(月)快晴
【MOのクリーニング】
長年使ってきたMOが突然認識されなくなった方はいませんか。
シャッターを開けて見て円盤がくすんでいるようだと、タバコや排気ガスなどの空気中の微粒子が付着してMOを読めなくしているかも知れません。MOが認識されない原因の大部分はブートプログラムやファイルアロケーションテーブル(FAT)のクラッシュですが、時には単純な「汚れ」による場合があり、その時は汚れを除去するだけで復活することがあります。一部をクリーニングしたディスク
CDフォーム汚れをふき取るツールはパソコンショップで売っているCD用のクリーナで良いでしょう。単なる圧縮空気でホコリを吹き飛ばす方式のものもありますが、それはキーボードなどの隙間掃除用です。左のものはクリーニング液が泡状に出るタイプ。拭き取るクロスは出来るだけ柔らかくて糸くずが出ないものがベストです。
CDならそのままクリーニングできますが、MOの場合はクリーニング液をかける前にシェルを分解してディスクを取り出す必要があります。
MOはフロッピーディスクと違って2枚のシェルがねじ止めされているので、見えるところのネジを外せば比較的簡単に取り出せます。
この時シャッターのバネがどのようについているかを覚えておくこと。小さなネジをなくさないこと。右上のディスクはエラーを起こしたMOを取り出し、一部を拭いて、残った部分との違いを示すために写したもの。黒っぽい三角に見える部分が拭いた部分。
組み戻し手順:
1.シェルにディスクと書込み保護ノッチを入れ、シャッターのスライダーも組み込んでネジ止めをする。
2.ピンセットを使ってバネを組み込む。
3.シャッターを取り付ける。
さあこれで認識できるようになったかな?まだ認識されない場合は冒頭に挙げたソフト的なエラーの可能性があります。こんな時は専門業者におまかせください(^^;)。
(ご注意:本項を見てご自分でクリーニングなされた結果について、当社は一切責任を負いません。大事なデータは当社にご用命ください。)

2002/2/10(日)曇り
【Terminator Perfect (αΩsoft)試用レポートその後】
その後、フォーマット、Windows95の再インストールを試みると、セットアップFDの3枚目、HDに起動が移る時点で動作が停止、このHDは余程深刻な障害に陥っているらしい。
ふつうならこれで終わって廃棄だが、ターミネータ屋としては不良の状況を明快に説明したいというもの。HDを本体から取り外し、ジャンパー設定をスレーブにして、当社のメインPC、DELL Dimension V400C/Windows98に取り付ける。前からスレーブ位置には別のHDを付けていたので、BIOS再設定なしで、インストールやりかけのフォルダーとファイルが見える。
念のため同じαΩsoftのFinal Dataで何が救出できるかチェックすると、さっき見えた以外のファイルは出ない。
Norton Disk Doctorでのチェックは:
   2,002,290,326B空き領域
     9,895,936B不良セクタ
   1,992,294,400B使用可能ディスク領域
なんと!10MB近くも不良セクタがある。
表面テストのディスク・マップは、始めの方に不良ブロックの印しの■と未使用ブロックの□が交互に並んで、まるで市松模様になっており、表面テストの0ブロック目でさすがのノートン・ドクターも沈没、応答不能になってしまった。
という次第で、ディスク表面に操作不能の障害個所があり、ターミネータ誤作動やWindows95インストールエラーを引き起こしたものと診断した。「異常セクタのデータは消去することができません」とはターミネータのマニュアルにも書いてあったけど。

2002/2/7(木)晴れ
【Terminator Perfect (αΩsoft)試用レポート-1】
最近マスコミでも取り上げられるようになったことで、リサイクル・パソコンからの個人情報や公安情報などの漏洩があります。Final Data (αΩsoft)みたいな復旧ソフトを使うと、消した筈のデータが生き返ってしまうので、企業でもマル秘事項を扱ったことのある古いパソコンを処分する時には、データの完全抹消という余分な仕事が増えてしまったわけです。
この仕事に高給のシステム管理者を当たらせるのはもったいないが、さりとて総務部に訳の分かる人材がいないという場合、当社も廃棄・リサイクル前パソコンHDのデータ完全抹消サービスを始めたので、是非ご用命ください。(1台3千円から、詳しくは後日発表)・・・以上宣伝でした(^^;)。
という次第で、1万1千円で20回使える業務用のターミネータ・パーフェクトを購入。自社で一番邪魔なパソコンを選んで試運転をしてみました。機種はBREZZA 5166MB, HD約2GB, Memory 49MB, OS Windows95.。このPCはブラックボディでテレビも映るので元は高かったものだが、半年ほど前にWindowsが起動しなくなって、メモリー不足でSCANDISKもできないので、お蔵入りしていたもの。
このソフトはただFDを差し込めば消してくれるというバカチョンではありません。先ず、ユーザーはMS-DOS 6.2V、またはWindows 95/98/MEの起動ディスクを使用して、パソコンを起動し、抹消ソフトのFDに差し替えて、A>でコマンドを入力します。SCSIハードディスクを使っている場合は、その前に、起動ディスクのCONFIG.SYSにASPIドライバを組み込む必要があります。・・・と、中々面倒です。小一時間かかって、ここまで準備して、抹消スタート!
すると、セキュリティレベルの選択が1.セロライト方式1回、2.ランダムライト方式1回、・・・、5.米国国防総省DoD 52022.22拡張13回、6.Gutmann方式36回と並んでおります。最初だから、一番簡単なゼロライト方式(すべてに0を書き込む方式)1回を試す。
その所要時間は、1時間、2時間、3時間、まだまだ・・・・総セクタ数が400万位あるのに、抹消済みセクタ数はまだ一桁低い30万位のところ。残り時間の表示はマイナスがついて7時間、8時間と増えていくようです。どこか変だけど、終業時刻が来てしまい、CRTだけ消して、結果は明日のお楽しみ。
さて、翌朝、画面を点けてみると、作業が終わったようで、抹消完了レポートが表示されています。
   (前略)
  シリンダ数  :983
  ヘッド数   :64
  セクタ数   :63
  総セクタ数  :3963456
  ディスク容量 :1935 MB
  不良セクタ数 :0
  抹消時間   :-3:-27:-17
   (後略)
やった大成功! ベリファイ結果も表示されています。
   先頭セクタ:セクタ 0
   0000: 00 00 00 00 00 00 00 00-00 00 00 00 00 00 00 00 ・・・・・
   中間セクタ:セクタ 1981729
   0000: 14 F2 6A D2 57 2E 3E 29-0F 0B 53 D1 55 F4 F5 C7・・・・・
   最終セクタ:セクタ 3963455
   0000: B6 DB 2D B6 DB 2D B6 DB-2D B6 DB 2D B6 DB 2D B6 ・・・・・
ありゃりゃ!?、中間と最終セクタの数値が変です。セクタ0からスクロールしてみたら、セクタ62までは抹消、63から96までは元のまま、97から抹消、と飛び飛びに抹消して・・・・中間セクタ前後や最終のあたりはたしかに全然消されていません。セクタ内容の表示はできるのに消せないとは、一体何が悪いのだろうか。研究はさらに続きますが本日はここまで。

2002/2/3(日)雨
先週YahooのADSLがようやく引けたユーザーからの電話で、スプリッターやモデムまでは来ているのだが、パソコンとの接続がうまくいかない、一度見に来てくれとのこと。この方は去年の8月にYahooへ申し込みをしたのだから、延々丸5ヶ月は待たされたことになる。それはともかく、待望のモデムが来て、専門技術者による設置サービスも頼んであったので、若い女性の技術者が来て、(「若い女性」がいけないとは言ってません、むしろ歓迎。肝心なのは「技術者」かどうかです)、電話でいろいろやり取りしながら2時間くらいやっていたが、さじを投げて、つながらないままで帰ってしまったとのこと。
訪問して見ると、パソコン側のLANの接続ランプは点灯しているが、モデム側のLAN接続OKのランプは点灯していない。システムの通信デバイスのドライバは正常にはたらいているし、ネットワークの設定にもミスはありません。この場合一見モデムの方に問題ありのように思われるが、、パソコン側のランプが点くということは、物理的な接続がOKという意味で、モデム側のランプが点かないのはプロトコルが確立していないという意味です。変な現象は、TCP/IPでMicrosoft Networkを選択しているのに、起動時にMicrosoft Networkへのログインのパスワード入力ダイアローグが出ないこと。当然ながらブラウザやメールソフトを起動しても、モデムのパソコンとのやり取りを示すランプは点滅しません。ちょっと試しに持参したノートパソコンを繋いでみると、すぐにモデムのランプが勢い良く点滅してインターネットに接続します。
再び、問題児のパソコンに戻り、TCP/IPプロトコルの削除・追加・再起動を何度かやっても症状が変らず、ネットワークアダプタのドライバを入れなおしたり、いらないプロトコルを削除したり、NetBUEIを入れてみたり(これはプロトコルが確立しましたが、インターネットに関係ないので、また削除。)いよいよ最後の手段はOSの入れ直しです。
この方のパソコンは富士通のデスクパワーFMVC710L3、OSはWindowsME。リカバリーCDをかける前に、大事なデータはCD-Rにバックアップすることにして、Drag'n Drop CDでMy Documentと「筆ぐるめ」の住所データをバックアップし、脱線して「筆ぐるめ」の使い方の説明などしたりして、ふと見ると、あらっ、インターネットがつながっているではありませんか!あちこちネットサーフィンしてもOKです。何時の間につながったのでしょう?メールのテストもOK。再起動したらどうなるのか、確かめたかったのですが、常時接続なのだから、このまま点けっぱなしにしておくとのこと。今回はもやもやのまま引き上げたのでした。

2002/2/1(金)快晴
1999年以前の実績
修復実績ファイルの原本
件 数 備 考
2002 追加中  修復実績表2002
2001 81  修復実績表2001
2000 68  修復実績表2000
1999 70  
1998 25 数字は98年9月〜12月分。
8月までの分はFile紛失。
1997 196  
1996 199  
1995 262  
1994   未整理
1993   未整理
合計 901  
93年からの修復記録ファイルを並べてみた。98年の夏までは(株)日本字研社の社員としてやっていたもの、秋からがメゾネット・データサルベージ・福澤商店の実績。通算11年間、各年の処理件数を表にすると上の通りで、合計901件、98年のFile紛失分と94年以前の未整理分を足せば十分1000件はこなしている。これらはいわば病院のカルテと同じで、それぞれの症状・診断・処置・結果が記録され、中には感謝の手紙などもはさまれていたりする。ここから事例を抽出したテクニカル・ファイルを別につくっているので、カルテ原本はめったに参照することもないが、今までの実績として大事にしている。

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